龍狩人(2)

第2話

 オルザンク山の麓を覆う森林は、ヨロテア地方と半島を隔てる地峡まで十里あまりも続いている。鬱蒼と繁る落葉樹の森は、僅かな隙間から日の光を漏らす他は、その枝の下を薄暗い暗闇に覆っている。太古の昔から変わらぬ営みを続けてきたように思われるこの森は、ヒヅルの知るどの森よりもよそよそしく、人を寄せ付けない印象を与える。事実この森には、どんなに恐れを知らない猟師であっても軽々しく入ることを躊躇うと、途中で立ち寄った村の住人に聞いた。小鬼や妖精が出るという噂も聞いたが、その噂が無くても気の弱いものなら後込みするのに十分な雰囲気がある。ヒヅルも、山にいるという龍狩りの騎士の話を聞かなければ、わざわざこんな場所に踏み込むことはなかっただろう。
 その不気味な森の中を、夕影は些かの注意を払う様子もなく悠然と歩いていく。ヒヅルを先導しながら歩くその足取りは、根があちこちに張りだし苔生した歩きにくい足場にもかかわらず、牧場を歩く羊のようにゆったりしている。背に担いだ大きな荷物と、その上に縛り上げられた物々しい鉄塊も、夕影の足取りにはまるで影響を与えていないようだ。
 ヒヅルは足場に注意して歩を進めながらも、夕影の荷にくくりつけられたその巨大な武器を眺めていた。それは、剣とも斧とも言い難い、異様な金属の武器だ。その長さは七尺あまりもあるだろうか。いびつな三日月のようなその巨大な刃物からは、四ヶ所ほど鎌のような刃がせり出し、元々不十分な幾何学的な美しさを台無しにしているし、朱とも銅(あかがね)ともつかない鈍い色合いは、その武器の異様さを強調こそすれ和らげはしていない。また、鉱物と鍛冶に親しむ小人族であり、自らも刀鍛冶として働いたことのあるヒヅルにさえ、その武器が何の金属で形作られたのか判然としない。おおむね全長の中央に取って付けたように握りが設けられているその恐ろしげな武器は、虎族が死刑に用いる断頭の三日月鎌に似ていなくもない。出発前にその武器について尋ねると、夕影は皮肉げな笑みを浮かべて、龍狩りの武器だ、とだけ言った。
 ただひたすら夕影のあとを追うヒヅルは、昨日の出来事を反芻しはじめた。


 目当ての人物の住処を探し当てた、あるいは、その人物に保護されて食事と風呂を馳走になった翌日。
 昨日の夕餉よりも軽い、黒パンに山豚のハム、魚のスープ、牛乳といった見慣れた西国風の朝食を平らげると、ヒヅルは居住まいを正して夕影に向き直った。
「用向きのお話をさせていただいても、よろしいでしょうか。」
真剣な面持ちで見つめるヒヅルを見て、夕影は柔らかく笑った。
「口調は普段通りでいい。少しばかり緊張しているようだな。簡単に済む用件でも無さそうだし、無理に畏まることもあるまい。」
「え?…あ、そうね。じゃあ、そうさせて貰います。」
慣れない言葉遣いを見透かされてか、それとも、その笑みにあてられたか、頬を少し紅潮させて、ヒヅルは先を進めた。
「えーと、わたしはモリヤから来ました。今モリヤは、坑道に龍が出るようになって、大きな被害を受けてます。最初は鉱山の奥だけだったんだけど、だんだん上の階層まで出るようになって、今では、一族全体がお山を捨てて移住するかなんて話も出てます。」
夕影は、物思わしげに目を細める。
「続けて。」
「最初のうち、龍は小さなものがほとんどで、一族の戦士が追い払ったり討ち取ってました。でも、その数が増えてだんだん手に負えなくなってきたところで、もっと大きな龍が現れるようになりました。」
「羽根付きのも混じってなかったか?」
「はい。その羽の生えた龍が、わたしたちの暮らす上層まで現れたんです。皆戦いましたが、母をはじめ多くの戦士が死にました。何とか下の層に追い返すことは出来たんですが、生き残ったもの達も危険なので、地上に避難することになりました。」
褐色に輝く龍。人々の悲鳴。血にまみれて刀を振るう戦士達。逃げてと叫ぶ母の声。戦う母の背中に突き刺さる龍の爪。血だらけの母の手から佩刀を渡される。自分の手の中で力を失っていくその手……
脳裏に浮かぶ光景に、悔しさが込み上げてきて、我知らずヒヅルの拳が白く握られる。
「母上は、戦姫(いくさひめ)の長ユズキ殿だな。」
頷くヒヅルの頬から水滴がこぼれる。夕影は、着物の懐から手拭いを出して、ヒヅルに渡した。
「……ありがとう。」
夕影は、ヒヅルが落ち着くまで静かに待った。しばらくして、何度か顔を拭いたヒヅルは話を続けた。
「龍は日の光が苦手らしく、地上には出てこないんですが、お山に入れないのでは、小人族は暮らしていけません。なんとか龍を鉱山から追い払う方法がないか、各部の長達が相談しました。わたしも母の跡を継いで、戦姫の長として同席してました。そこへ、占い師の老婆が現れて言いました。
『偉大なる戦姫の娘よ。汝は旅立たねばならない。エオロの峰を越えて南へ往き、アイザリオの大河に沿って西へ往け。月が二度巡る間進み、その地で囁かれる声に耳を傾けよ。我らのもとめし龍殺しは、母なる大地が天と海と出会う場所に見いだされるであろう。そして、かつて約束されし代価が支払われる。』
……小人族の占い師は、翼族の聖女や狐族の夢見師ほど何もかも見通せる訳じゃないですけど、言うことが割とわかりやすいんです。」
ヒヅルの顔に苦笑が浮かぶ。狐族の夢見師は、ありとあらゆる事柄を見通すと言われるが、その言葉はひどく難解で謎めいている。
「占い師の予言は、長達をずいぶん動揺させたみたいです。なんでかは分からないんですけど。ともかく、しばらくわたしを外して相談していたんですが、結局、わたしを送り出すことになりました。」
「占い師に言われたとおりに旅して、マルボルの町まで来たときに、数年前、町を襲った龍を倒した人がいるという話を聞きました。何処に居るかは誰も知りませんでしたが、占い師の話では西の海岸のほうみたいだったので、あちこちで話を聞いて回りました。ある村で、山に住む龍狩りの騎士の噂を聞いたので、この山まで来ました。」
一息ついて湯飲みの水を一口飲むヒヅル。夕影の目を見て再び口を開く。
「もし、あなたが龍を倒す力を持っているなら、是非その力を貸して欲しいんです。武器でも魔術でも何でもいいです。わたしたち小人族が支払えるなら、どんなものでも差し上げます。ただし……」
眼差しに力が入る。
「まず、わたしと勝負してください。」
「ほう。なぜだ?」
夕影の口が、笑みを作る。疑問の声には、楽しげな響きが混じっている。
「これまで何人か、自称龍殺しに会ってきたんですが、皆口ばかりで大した腕じゃなかったんです。わたしより弱い人が、龍を倒したり追っ払ったり出来ると思えないから。」
ヒヅルの挑むような目つきに、夕影の笑みが大きくなった。
「いいだろう。最近剣を握っていないので、お前さんを失望させなければいいがね。」


 庭先で、太刀を手に待つヒヅルの前に、夕影が現れる。手にはヒヅルの手にあるのと同じような太刀が握られている。
「少しばかりこちらの得物の質が上だが、まぁ、許してくれ。」
そう言って、夕影は太刀の鞘を払った。三尺に僅かに足らない、冴え冴えとする青さを纏った、優美な刀身が姿を見せる。
 ヒヅルは目を見張った。夕影の抜いたそれは、一目で銘刀と分かる。それも、超一級の品だ。片刃の湾曲した剣、いわゆる太刀や打刀(単に刀とも言う)は、凄絶な切れ味と折れ難さで知られるが、同時に扱いづらく、また入手も容易ではない。これを鍛えられるのは、小人族の刀鍛冶だけであるし、一流の刀鍛冶の作刀は、滅多なことでは他の種族の手には渡らない。しかし、ヒヅルが驚いたのは、それが自分の佩刀と瓜二つだったからだ。思わず、自分の手にある刀を見なおした。
「入れ替えたりしていない。これは翔鶴丸。知っての通り、お前さんの瑞鶴丸と対になる太刀だ。」
あっ、とヒヅルは思わず声を漏らす。この二振りの太刀は、名人と呼ばれたクナミツの作刀で、長くモリヤの小人族の宝とされてきた。クナミツは、モリヤ開闢の際に小人族の神であるアルダに導かれて神鉄を得、一族の守り刀としてこの二振りを鍛えた。雄刀たる翔鶴丸は一族の長が、雌刀たる瑞鶴丸巫女にして将軍である戦姫の長が、それぞれ佩刀としてきた。瑞鶴丸はヒヅルの祖母、母の手を経て伝えられた。しかし、翔鶴丸は、数十年前に一族の恩人に贈られたと聞いている。
「太刀の話は、いずれ場を改めてすればいい。今は私の腕を見るんじゃなかったかね?」
 考え込むヒヅルに、夕影の声が促した。
「そうですね。」
頷いて、自らも太刀の鞘を払う。

龍狩人(設定メモ)

人物設定

龍呪皇エリフ
 かつての龍斬皇エリフであり、竜王バルナグを倒し、結果としてこの世にさらなる混乱をもたらした張本人。過去の行状については、年を経たことによる風化・誇大化の影響もあって毀誉褒貶様々であるが、すでに伝説上の人物であり、一部の人間をのぞいて、再び彼が現実の世界を闊歩しようとは夢にも思っていなかった。
 竜王に滅ぼされた那国の王子であるとされているが、その実は、新たなる神がこの世に生み出されるとき、12の神々によって分かたれた魂の半身。

夕影
 龍呪皇エリフの現在の姿/偽名。西の最果ての地に隠棲していたが、ヒヅルによって連れ出され、予言の告げる13の核龍と13人の巫女と出会うことになる。
 長身痩躯の青年。黒髪。

御統の君(みすまるのきみ)
 ルドラの予言者によって支持されている救世主。予言によれば、12の諸族を従え、新たなる13番目の神として13の民を統べるという。また、御統の座は16人から選ばれ、4人によって争われ、2人によって決するという。

ゴドニル
 エリフが携える龍殺しの剣。長さ七尺あまりで、ゆがんだ三日月状の刀身に四つの鎌状の刃を持つ。4振りのミスリル(御統)の武器の一つ。

賢者モデアノ
 エリフのかつての師父。竜王に対抗しうる魂の持ち主であるエリフを、那国の遺児として育て、12の諸族の祝福を受けさせ、武技と魔術を教えて鍛えた。エリフの人ならざる宿命と素性を知りながらも、我が子の様に育てた。
 彼は神々の弟子(半神)の最後の一人であったが、新たなる神の誕生と治世に不安と不満を抱いた神々の陰謀を知り、その命に背いてエリフを育てた。
 竜王バルナグとの対決の後、神々の命に背いたことが知られ、放浪のうちに非業の死を遂げた。彼が諸族の王や長から迫害されたことは、エリフに根深い人間不信を抱かせるもととなった。


ヒヅル
 エリフと行動をともにする小人族の戦姫。小人族最大の砦「モリヤ大鉱山」に出現した地龍との戦いで母を失い、自らも傷ついたことから、龍を狩る術を求めて旅をしていた。
 龍殺しの代価として一族に売られたが、72年前の事件について知るに至って、一族と袂を分かち、エリフの妻となる。
 思いこんだら一直線の烈女であり、正義感の強いまじめな女性であるが、それは一途な愛情と嫉妬深さにも現れる。
 エリフから闘気術を学び、契りにより斬岩の力を得る。
 身長四尺五分。銀髪碧眼。

ユフラタ
 長耳族の弓乙女。モーアの大森林の長耳族の大族長の孫であるが、精霊の声を聞くことが出来ない一種の障害児で、不肖の子、異端児として扱われてきた。
 樹龍の出現とともに、突然精霊使いとして目覚めるが、かえって龍の襲撃との関連を疑われ、贄の巫女とされるところをエリフとヒヅルに救われる。
 龍を打ち払ったあと、エリフの後を追いかけ、押しかけ女房二号となる。
 生い立ち故か、減らず口といたずら好きな性格の持ち主で、騒動の種となることもしばしば。
 エリフから精霊術を学び、契りにより霊話の力を得る。
 身長五尺五寸。焦げ茶色の髪と深緑の瞳を持つ。

タマキ
 狐族の夢巫女。狐の国の王女で、第一王位継承者。幻龍を追い払うため、父母に無断でエリフのもとに輿入れしてくる。狐の国では王女が誘拐されたと思い、エリフ一行に追っ手を次々と放ってくることとなる。
 包容力のあるおっとりとした、より正確には天然ボケ気味な女性だが、目的のためには割と手段を選ばない傾向が強い。にっこり笑って敵を最悪の窮地に陥れることが出来、しかも自覚はない。
 エリフから幻術を学び、契りにより夢繰りの力を得る。
 身長五尺二寸。金髪で明るい緑の瞳。

リーフー
 虎族の女将軍。


イオ
蛇族
 

オディール
 夜族

アイネ
 狼族

ルシエル
 翼族の聖女。


バルバラ
鬼族


ミン
 猫族


フブキ
雪族


ユロッテ
 人族の商人にして学者。古書に造詣が深く、伝承や予言といった秘められた知識を探求しつつも、普段は書店の女主人を営む。
 数年前までエリフが贔屓にしていた書店の娘であり、少女の頃にエリフに何度か会っており、龍を退治してくれたエリフに淡い恋心を抱いていた。エリフの龍退治がきっかけとなって、龍斬皇や救世主の伝説などの研究を始めた。その後、研究論文がピアンモの大学で認められ、その後も伝承学について広範な研究成果を発表し、権威の一人として知られることとなる。しかし、人前に出ることを避けたため、名前だけが一人歩きすることとなる。
 龍人の襲来を退ける戦いの際に、エリフから助力を求められ、行動をともにすることとなる。
 控えめで物静かな性格だが、金銭面には非常にうるさい。
 身長五尺三寸。黒髪に焦げ茶の瞳。眼鏡と三つ編み。


ハルナ
 旅の女魔術師として、エリフの前に何度か現れる。
 実は竜族巫女。エリフの行く手に先回りして、核龍を起こして回る役目を負っている。神に呪われ、寄る辺なき龍気となった龍族のため、エリフと敵対するが、幾度かふれあうことで次第に惹かれてゆく。
 かつて狂える龍バルナグとして滅ぼされた魂の転成した姿であり、分かたれたエリフの半身でもある。
 謎めいた神秘的な女性であるように見せているが、実は母性的で穏やかな女性。
 最後の対決を経て、龍族の母神としてエリフの13番目の妻となる。

ジルフィンの指輪について

「ジルフィンの指輪」は、かなり昔(高校生の頃)に書いた原稿を、大学に入ってPCを買ったもので打ち直し&リライトしたもので、私の書いた小説の中で最も古いものの一つです。
それだけに、今読み返すとあれもこれも未熟で、正直地べたに転がってジタバタするほど恥ずかしい出来なのですが、初心を忘れないためにあえて羞恥プレイを敢行します。
一応、完結しております。

ジルフィンの指輪(1)

 私がこれから語る物語は、教訓や、処世訓を残す物ではないし、まして資料的な価値を持った物でもない。なぜこの話をするのかと問われると、返答に窮するのだが、私が人にこの話を聞かせたい、という内なる欲求以外に理由は見あたらない。
 私は、とかく感傷的な人間だし、自分の事を語るとなると、隠してしまいたい事は語らない、とよく師匠に言われる。本当は、もっときれいな事、誇らしい事だけ話したいのだが、この話に限っては、なるべく実際に在った事だけ話すつもりだ。中には、今考えると赤面しそうな部分もあるが、私の赤裸々な姿だと思ってほしい。
 ともかくこれは、私、マルク=レヴィス=グラムソーティスが学院の導師補だった時の事だ。正確には、四年前、私が二十一を迎えた年の冬の事だ。
 
 当時のソーリア王国は、混乱の極みにあった。ソリス=アルカペスの北辺の領主達が、王家の遠縁の者を奉じて反乱を起こしたのは、それに先立つ二年前の事だが、その後も国内は治まらず、この年の秋には王都で恐るべき事件が起こった。都に潜んでいたペランタン大公国(北辺の領主は、この名を号していた)の手の者数百名が、大挙して王宮になだれ込んだのだ。この時、私の友人達の勇気に因って、王都の占拠は免れたが、ラタス伯レイモンドを除く王族(彼は王の庶子で、)正確には王族ではないが)は、凶刃の下に倒れた。いや、これは正確ではない。私はその時、王の末娘、イリリア姫の供として、東辺の都市パロイコイに居たからだ。彼女は、王の娘として育てられたが、事実は先のラタス伯の庶子で、王の孫に当たる。彼女は、ヴェローナ神の神官をして、女神にも並び得ると言わしめたほどの美貌の持ち主で、私だけでなく、全ての臣民の敬愛の的だった。私は、彼女の友人として、学院の徒弟の中から選ばれるという栄誉に浴していた。(これも、数年前の、彼女の我が侭による事件に起因していたのだが。)ともかく私は、この、王さえも、いや、王だからこそ我が侭を許す、二十歳の王女の供をして、パロイコイ伯爵の下に滞在していたのだった。

 王宮が襲われ、王とその一族が落命したという悲報は、すぐに彼女の下にもたらされた。私は、その時の彼女の気丈な表情を、そして、その夜、声を圧し殺して哭いていた彼女の涙を覚えている。彼女は悲嘆の極みにあったが、彼女が現在王位の第一継承者である以上、ふさぎ込むという贅沢は許されなかった。次の日、我々一行は、取り急ぎ都への帰途についた。
 私を含めた供の皆が、この悲劇は、王都の占拠を狙った事件だと考えていたが、それが覆されたのは、我々が、東辺とソリス=アルカペスの間に横たわる大グラム山脈に差し掛かったときの事だった。我々が、山脈にはいる街道を選び、うっすらと雪の積もった中で野営の準備をしているとき、彼らは襲ってきたのだった。
 我々供の者の多くは、騎士団に入れるほどの手錬の者であり、事実、奇襲にもよらず善戦したが、圧倒的多数の敵に最終的には敗れた。敵は、十分に予想できた事だったが、黒き神に使える神官と、その私兵達だった。私は、師トリスから授かった魔術で彼らに対抗したが、運命を覆す事は叶わなかった。しかし、その運命のいたずらか、私とイリリア姫は、彼らが血で購なった幸運のおかげで、辛くも逃れる事が出来た。だが、彼らの目論見が分かった以上、この逃走も無意味に終わるかもしれなかった。彼らは、王族の暗殺を狙っていたのだ。私には、彼らがこのまま諦めるとは考えられなかった。既に冬になりつつある山脈の険しい尾根を、彼女をかばいつつあてどもなく馬を駆る私は、この逃避行の行く末を危ぶまずにはいられなかった。

ジルフィンの指輪(2)

 私の危惧に違わず、彼らは追手を掛けた。殆ど休みもなく我々は逃走を続け、敵の斥候を何度か倒したが、二日目の夕刻、道もない岩場で新たな斥候に見つかった時、私は覚悟を決めた。私も馬も、そして何よりもイリリアが体力の限界にきていた。イリリアは、じゃじゃ馬で、活発な娘だったが、とてもこれ以上の逃走に耐えられるとは思えなかった。私は、まず彼女を先に行かせ、馬を返して三騎の斥候と戦った。彼らは強く、私は苦戦したが、ともかく二人を傷つけた。しかし、逃げる彼らを追う体力は、もう私には残っていなかった。さらに追い打ちを掛けるように、イリリアの待つ所まで辿り着いたとき、私の馬は潰れてしまった。あの逃げた斥候は、必ずや援兵を連れて戻ってくるに違いない。希望の無くなりかけたそんな時だった。イリリアが、その洞穴を見つけたのは。
 洞穴は、その岩場の奥の、切り立った崖の半ばにあった。私と彼女は、身を休める場所を求めて、薄雪の中、岩場を登った。

 その洞穴は、実に不思議な場所だった。身も縮む思いでいた外の冷気とは無関係に、中はほのかに暖かく、人の手が加えられたと一目で分かる壁は、多様な紋様に彩られていた。少し入ったその奥には、一枚の金属の扉が待ち受けていた。イリリアは、洞窟の入り口でこの一種神秘的な扉を見つめ、不安気に立っていたが、この洞窟をでる気はないようだった。外套の裾を、所在無くくつろげるその仕草が、見ていて痛々しかった。「私は、この扉を調べます。危険はないようですから、座って休んで下さい。」こう告げると、彼女は少しほっとして腰を下ろした。
 たとえ、この扉がなんであっても、追いつめられた私たちには関係の無い事だったが、私の生来の好奇心はこの期に及んでも衰えなかった。私は、先ほどまでこの洞窟の主であった、扉と向かい合った。
 
 扉は、銀の鋳造らしかったが、その紋様から判断するところの年代から鑑みると、朽ち果てていないのは異様だった。その両開きの門扉には、神秘の守護者エリイスとニヌスが象られ、その中央、二柱の精霊の手にはひとつの輪が掲げられていた。その下には、左右の扉にまたがって鉛の封印が施され、上代エディアの神性文字で、「時至らずして、神秘に遭う事叶わじ」と刻まれていた。
 私は、時ならず遭遇したこの過去からの伝文に興奮した。この扉が、何をその奥に隠しているにせよ、これが、偉大なる神代の昔から秘されてきた物に違いない。もし時間をかけてこの扉の事を調べれば………
 だが、興奮が冷めるのも早かった。そんな時間的余裕どころか、自らの未来さえ定かではなかった。私は落胆して腰を下ろし、イリリアには、ここには危険がない旨だけを伝えた。

 イリリアと私には、たとえ、これからどうなるにしても、休養が必要だった。二人で最後の食物を分け合い、身を寄せ合った。
「ねえ、マルク。あの時の事覚えてる?ほら、二人で都を逃げ出したときの事。」イリリアは、試練にやつれてもなお美しい笑顔で聞いた。その笑顔は、今にも壊れそうだった。
「ええ、簡単には忘れられませんよ。」
私は答えた。
「でも、追放されたのは私で、あなたは無理矢理ついてきたんじゃないですか。」私の台詞を聞くと、彼女はくすくす笑った。
「わたしはね、あなたが学院から追い出されたって聞いて、寂しいんじゃないかと思ってついて行ってあげたのよ。父上も、あなたの事許してあげてって言っても、学院の事だからって聞いてくれないし。」
「おかげで私は、あなたをさらった事になって、あちこち逃げ回ったんですよ。」私が言うと、彼女はうつむいた。彼女は黙ってしまった。
「イリリア?」
私がのぞき込むと、彼女は静かに嗚咽していた。
「わたし、わたし、人に迷惑かけっぱなしね。モーガンも、シアナも、ロイスも死んでしまったし、あなただってわたしに関わらなければこんな目に……」
私は、彼女にかける言葉を見つけられなかった。私は、何も言えずに彼女の涙を指で拭った。
「何があっても、私はあなたの側にいます。」
私が絞り出せたのは、たったこれだけだった。

 この、ほんの一時の休憩の間に私たちは、なるべく体力を回復しなければならなかった。洞窟の入り口から、月の柔らかな光が差し込んでいた。できれば、彼女に睡眠をとってほしかったが、彼女は、疲労のせいか寝つけないようだった。
「マルク、何か話を聞かせて。」
彼女は、落ちついた声で言った。私たちは、二人で話をして夜を明かす事が間々在った。私は、この後の事を悲観していたので、最後にそうするのもよかろうと感じた。
「そう……、何の話をしましょうか。」
イリリアは、小首をかしげた。
「ん…、終わりの無い話がいいな。」
「そうですね……」
私は考えた。心に、まだ彼女に話していないエピソードが浮かんだ。私は、膝に抱えた愛剣に首を預けると、話を始めた。
「ジルフィンの指輪、というのを知っていますか。」
彼女はかぶりを振った。
「我々の世界が作られたときの事は、知っていますか。」
「ええ、エルンの神々が、七日七晩かかって作り上げたんでしょう。」
「神話ではそういう事になっていますが、違う話も在るんです。」
イリリアは、不思議そうに私を見た。
「私も、ある人から聞いたんですよ。」
「あるひとって?」
「その話を、これからしましょう。」
イリリアは、興味深げに足を抱えた。

ジルフィンの指輪(3)

 私が、その人に出会ったのは、二年前の今ごろの事です。ちょうど、故郷に帰るために、このグラム山脈を越えようとしていたときです。いつものように、この山脈が雪に閉ざされる前に、越えようと思っていたんですが、その年は特に寒気が強くて、山道の途中で雪に振り込められてしまったんです。寒さは魔術でしのいだのですが、酷い地吹雪で道を失ってしまいました。
 一時間も迷って、もしかして、一冬ここを出られないんじゃないかと危ぶんでいたときです。むこうの方から何かやって来るんです。はじめは、雪にも関わらずしっかりと歩いてくるので、何か妖異な物かと思ったんですが、近づくにつれ、外套を被った大柄な人間である事が分かりました。はじめ、彼は警戒しているようでしたが、道に迷っていると言うと、近くに洞窟があるから、と私を案内してくれました。
洞窟につくと、私は礼を言って名を名乗りました。彼は、私が魔導師だと告げると、興味を持った様子で、自分はエンデュークだ、と名乗りました。私は戸惑いました。エンデュークというのは上代エディア語で、「さまよう」とか「忘れられた」という意味なんです。それに、彼の出で立ちも異様な物でした。外套を目深に被っているので、その顔は見えませんでしたが、金属の仮面を被っているようでしたし、身の丈2メートルはあろうかという躯は金属の鎧で覆われていました。私が、名前の事を聞くと、彼は、本当の名は忘れてしまった、この名は自分でつけた、といいました。よく聞くと彼の言葉のアクセントは、何か古風で、懐かしい響きがしました。
 彼は、自分からはあまり喋りませんでしたが、私の質問には答えてくれました。彼は、その辺りの山を住処にしていて、ある物を探していると言いました。それが、さっき言った「ジルフィンの指輪」でした。その指輪は、この世界を作った指輪で、その指輪を手にいれた物は、望みをかなえる事が出きる、という事でした。当然私は、はじめは信じられなかったのですが、彼の語りよう、彼の存在は、何か納得してしまうような物がありました。
 その指輪について聞くと、彼は、こう語りました。

「その指輪は、エル神が作った物だ。エル神は、はじめ多くのエルン神達を作り出したが、彼らは、母たる彼女にかしずくばかりだった。彼女は考えた、この者達は、完全に近すぎて、何かを作り出す可能性を失っている、と。そこで彼女は、最初の人間を、ジルフィンを作り出した。彼女は、力は弱かったが、可能性に満ちあふれていた。エルとエルン達は、彼女を守り、育てていった。彼女はいろいろな事を学びとり、美しい娘に育っていった。だが、彼女は、今の彼女には何か足りないと感じた。そこで、まず、エルに頼んでもう一人、人間を作って貰った。これが、最初の男、ジルファスだ。次にジルフィンは、自分達のように、弱く、儚い者が住む、かりそめの大地がほしいと言った。エルやエルン達は寂しがったので、二人は、生が終わったときには必ず戻ってくると約束した。エルは、ひとつの指輪を作ってジルフィンに与えた。これをはめて願いを言うと願いが叶う、と。そして、彼女はこの世界を作ったのだ。」

 私は、この話をなぜか受け入れる事が出来ました。いままで学んだ知識とは違っていましたが、何か、懐かしく、自然な感じがしたからです。
 しかし、私は疑問に思いました。そのような指輪がこの世にあるのか。そして彼は何故、その指輪を探すのか。彼は、その疑問にも答えてくれました。私は一度、その指輪を使った事がある。そして、その報いを受けている。その時犯した過ちを正すため、また探し出さなければならない、と。彼は外套のフードを取って、私にその顔を見せました。彼は、仮面などしていませんでした。彼は鎧をみに付けているのではありませんでした。それは、彼の肉体そのものだったのです。その顔は、醜く険しい魔物の彫像のようでした。ただ、その鎧われた顔の奥の瞳が、穏やかに私を見ていました。いえ、その目はまったく動かず、全てを映し、なおかつ何者をも見ていないようでした。私は、その動かない彼の表情から、彼の犯した過ち、それが何であろうと、その過ちの深さを感じました。彼は、私はもう、時間も意味の無いほどの間探し続けている。未だにどこにあるのか定かではないが、決して諦めない、そういいました。
 いつのまにか吹雪はやみ、朝が来ていました。彼は呆然としている私に、気を付けて旅を続けろ、と穏やかに告げ、外に出て行きました。私は、彼の背中に、幸運を、とだけ言いました。彼は立ち去りましたが、その背中が、微かに笑っているように見えました。

 私は学院に帰って、彼のかたった事と、彼の事を調べましたが、大した事は分かりませんでした。彼が、その探索を終えたのか、それともまだ指輪を探しているのか、私には分かりません。

ジルフィンの指輪(4)

 イリリアは、息を詰めて聞いていたのか、はーっと長いため息をもらした。
「いい話し………なのかしら。」
彼女の言い様に、私は自嘲気味に肩をすくめた。
「私にも、どうなのか分かりません。」
「でもね、」
イリリアは、私の手を握って、私の目を、震える瞳で見つめた。
「彼は言ったわ。決して諦めないって。私たちも、絶望だけはしてはいけないわ。」私は、自分を恥じた。彼女は、これほど傷つき、悲劇に晒されても、私の事を信じているのだ。彼女がいる限り、生きている限り、諦めてはならない。私は、彼女を抱きしめた。

 彼らは、朝もやの中をやってきた。馬の蹄の音が聞こえると、私は洞穴の前の岩棚に出た。私は幾分、力を取り戻していた。彼らの囲みを破り、逃げる事が出きれば。だが、それも儚い望みに終わった。岩場に進んでくる彼らの数は、三十数騎に及んだ。私は、彼女のために死ぬ覚悟を決めた。
 彼らの中から、黒衣に身を包んだ神官が前に出た。
「マルク=ソーティスか。学院導師補の。騎士位を許された、ソーティス家の者か。」
彼は、私の名を呼ばわった。私は、肯定の意味でうなずいた。
「なるほど、よく逃げるわけだ。学院を追放された事もあるそうだからな。」
私は、その挑発を聞いていなかった。この場を切り抜け、少しでも優位に立つためには、魔術に頼る他はない。私は詠唱を始めた。
「ディグス・マルナアウス・ソムナス・イル・ハイナス・ギオルゲ………」
「いかん、魔術を使う気だ、弓を、弓で射よ!」
私の魔術が完成するのと、矢が私の右腕に突き刺さるのと、ほぼ同時だった。私の解き放った妖魔が、下で暴れ始めた。私は激痛に耐えかね、岩棚の奥に身を隠した。
「マルク!」
イリリアは、私の右腕の矢を抜こうとしたが、私は、その手を振り払った。
「姫、よく聞いて下さい。下で、私の妖魔が暴れています。彼らはそちらに気を取られているはずです。あなたは、馬を見つけて逃げるんです。これを、」
私は、師匠に貰った護符を彼女に渡した。
「これを付けた者には、妖魔は襲ってきません。」
彼女は、私にすがりついてきた。
「あなたは、あなたはどうするの。」
私は、愛剣グラムを左腕で不器用に抜いた。
「あなたの援護をします。いいですね。」
彼女は嫌がったが、私は岩棚から彼女を連れて降りた。下は混乱に陥っていた。私は、近くにいた騎兵を突き落とし、彼女に手綱を掴ませた。
「さあ行って、速く!」
私は、私たちに気付いた兵士と戦いながら、彼女を馬の方に押しやった。
「だめよ!あなたを置いて行けない!」
だが、私は、彼女の相手をする暇がなかった。二人の兵士が私にきりかかってきた。私が彼らに苦戦している間も、彼女は行こうとしなかった。
「行け!行くんだ!私は後で行きます、速く!」
私は、力の限り戦ったが、劣勢は如何ともしがたかった。私は、後ろで蹄の音がするのを待ち、そして、救いが、それが神であろうと、妖魔であろうと、現れてくれる事を願った。このままでは、私が打ち倒されるのは時間の問題だった。最も、彼らに殺されなくても、あの妖魔を追い返す事が出来なければ、いずれにしろ、死はやってくる。
 私は、死の足音を聞いていた。剣の響き、彼我の怒号、妖魔の雄叫び、そして……そして、その全てが止んだ。私の前には、頽れた二人の兵士と、身を鋼に鎧った、一人の偉丈夫が立っていた。
「久しいな、マルク=レヴィス=グラムソーティス。魔道の徒よ。」
私は、目を疑った。目深に被ったフードから覗くその顔は、見粉う事無き金属のそれだった。
「エンデューク、あなたですね。」
彼は、変わる事の無い表情で私を見た。
「苦境に陥っているようだったのでね。彼らも追い返した方がよいのかね。」
彼は、古風にその金属の手を振り、妖魔と、神官の一行を指した。私は、力無くうなずいた。

 彼は、兵士の多くを追い返し、いくらかを倒した。また、私の呼びだした妖魔を、魔術を持ってその故郷たる深淵に追い返した。いろいろ学ぶ時間があったのだ、と、彼は事も無げに言った。彼の呪われた肉体は、彼らの武器では傷ひとつつかなかった。私とイリリアは、その間、所在無く立ち尽くしていた。だが、少なくとも、生命の危機はひとまず去った。私たちは、生きている事を、単純に喜んだ。
 ともかく、私は、再会を喜んだ。彼は、やはりまだ探索を続けていた。私は、彼にイリリアを紹介した。イリリアは、私の話を聞いていたせいか、それほど驚かなかった。いや、運命の偶然に驚いた。
 私は、すぐにもここを立ち去りたかったが、ひとつ確かめねばならない事があった。
「エンデューク、あなたは、あの洞窟に入った事がありますか。」
彼はかぶりを振った。精霊が掲げる神秘の輪。私は、彼の求める物が、あの中にこそ存在するのではないか、そう感じていた。
「あなたの求める物が、あの中にあるやもしれない。行きましょう。」
私たちは、彼を洞窟の中に誘った。

 扉を前にしたエンデュークは、感嘆の声をあげた。彼は、私に礼を言ったが、彼が私たちにしてくれた事を思えば、微々たる事だった。彼が、我々にあったのも偶然ならば、我々がこの洞窟に逃げ込んだのも、偶然という運命のめぐり合わせに違いない。
 私と彼は、扉の開け方について論じたが、彼の方が、私よりも博識だった。私は結局、彼に任せる事にした。私と彼が話している間、イリリアは緊張の糸が切れたのか、いろいろ不平を言っていた。おもに食べ物の事だったが、空腹なのは私も同じだ。イリリアは、エンデュークに、何か食べる物がないかと聞いたが、彼の答は、私は物を食べる必要がない、というにべもない物だった。私は、この時の事を今でも考える。空腹な者と、物を食べない者、どちらが幸せだろうか。
 ともかく、私は、彼が扉を開けるために使う魔術を見逃すまいとした。彼の術は、実に手際がよく、封印の複雑な呪文の糸を難なく解いていくその技は、芸術的とさえ言えた。この世に、彼ほどの技と感性を持つ者が何人いるであろうか。私は、自分の未熟さを感じた。
 彼が、その長い術を終えると、扉の封印は落ち葉のようにはがれ落ちると、洞穴の床に乾いた音を響かせた。彼が、その異形の手で門扉を押すと、銀の扉は、長の留守をしていた主人を迎えるように、音もなく開いた。その奥は、広い、広い洞窟がその口をあけていた。
 中に入った我々は、一様に感嘆の声をあげた。上下にスリ鉢状に広がったそのホールは、一面にエルンの神々の偉業を讃える絵が、幾柱もの神々の彫像が、そして、天上に昇った英雄達の彫像が飾られ、それが、数百本もの絶える事の無い蝋燭の明かりに照らされていた。そしてその部屋の中央には、円形の台座の上に、二人の精霊、エリイスとニヌスの像が置かれ、二柱の精霊は、ひとつの小さな輪を支えていた。
 私たちは、この場に踏み込む事を忘れていた。もっと荘厳な神殿にも、もっと巨大な建築物にも入った事はあるが、どちらも、神聖さという点で、この無名の洞窟には及ばなかった。私たちは気押されていたのだ。
 そして、エンデュークが一歩を踏み出し、私たちも、彼の重々しい足音につき従った。エンデュークは、途中、ひとつの英雄の像の前で立ち止まったが、後はまっすぐに、中央の台座に近づいた。彼は、その像の前に跪いた。
「我が妹、エリイスよ、ニヌスよ、私は、ついに罪を償う事が出来る。神々よ、この身に値せぬ慈悲を垂れ賜うた事を感謝いたします。」
その名を聞いたとき、私の中の憶測が、確信に変わった。
「エンデューク、あなたは、ロンダリアの王、ケルギナスなのではありませんか?」私の質問に、彼は振り返った。
「友よ、いつかは、知れる事だと思った。いかにも、私の名は、ケルギナスに他ならない。」
彼は、その異形の顔容を俯かせた。
「私が、何故、このような姿になったか、どの様な罪を犯したか、聞いてもらえるだろうか。」
私とイリリアは、言う言葉もなく、頷いた。