ジルフィンの指輪(3)

 私が、その人に出会ったのは、二年前の今ごろの事です。ちょうど、故郷に帰るために、このグラム山脈を越えようとしていたときです。いつものように、この山脈が雪に閉ざされる前に、越えようと思っていたんですが、その年は特に寒気が強くて、山道の途中で雪に振り込められてしまったんです。寒さは魔術でしのいだのですが、酷い地吹雪で道を失ってしまいました。
 一時間も迷って、もしかして、一冬ここを出られないんじゃないかと危ぶんでいたときです。むこうの方から何かやって来るんです。はじめは、雪にも関わらずしっかりと歩いてくるので、何か妖異な物かと思ったんですが、近づくにつれ、外套を被った大柄な人間である事が分かりました。はじめ、彼は警戒しているようでしたが、道に迷っていると言うと、近くに洞窟があるから、と私を案内してくれました。
洞窟につくと、私は礼を言って名を名乗りました。彼は、私が魔導師だと告げると、興味を持った様子で、自分はエンデュークだ、と名乗りました。私は戸惑いました。エンデュークというのは上代エディア語で、「さまよう」とか「忘れられた」という意味なんです。それに、彼の出で立ちも異様な物でした。外套を目深に被っているので、その顔は見えませんでしたが、金属の仮面を被っているようでしたし、身の丈2メートルはあろうかという躯は金属の鎧で覆われていました。私が、名前の事を聞くと、彼は、本当の名は忘れてしまった、この名は自分でつけた、といいました。よく聞くと彼の言葉のアクセントは、何か古風で、懐かしい響きがしました。
 彼は、自分からはあまり喋りませんでしたが、私の質問には答えてくれました。彼は、その辺りの山を住処にしていて、ある物を探していると言いました。それが、さっき言った「ジルフィンの指輪」でした。その指輪は、この世界を作った指輪で、その指輪を手にいれた物は、望みをかなえる事が出きる、という事でした。当然私は、はじめは信じられなかったのですが、彼の語りよう、彼の存在は、何か納得してしまうような物がありました。
 その指輪について聞くと、彼は、こう語りました。

「その指輪は、エル神が作った物だ。エル神は、はじめ多くのエルン神達を作り出したが、彼らは、母たる彼女にかしずくばかりだった。彼女は考えた、この者達は、完全に近すぎて、何かを作り出す可能性を失っている、と。そこで彼女は、最初の人間を、ジルフィンを作り出した。彼女は、力は弱かったが、可能性に満ちあふれていた。エルとエルン達は、彼女を守り、育てていった。彼女はいろいろな事を学びとり、美しい娘に育っていった。だが、彼女は、今の彼女には何か足りないと感じた。そこで、まず、エルに頼んでもう一人、人間を作って貰った。これが、最初の男、ジルファスだ。次にジルフィンは、自分達のように、弱く、儚い者が住む、かりそめの大地がほしいと言った。エルやエルン達は寂しがったので、二人は、生が終わったときには必ず戻ってくると約束した。エルは、ひとつの指輪を作ってジルフィンに与えた。これをはめて願いを言うと願いが叶う、と。そして、彼女はこの世界を作ったのだ。」

 私は、この話をなぜか受け入れる事が出来ました。いままで学んだ知識とは違っていましたが、何か、懐かしく、自然な感じがしたからです。
 しかし、私は疑問に思いました。そのような指輪がこの世にあるのか。そして彼は何故、その指輪を探すのか。彼は、その疑問にも答えてくれました。私は一度、その指輪を使った事がある。そして、その報いを受けている。その時犯した過ちを正すため、また探し出さなければならない、と。彼は外套のフードを取って、私にその顔を見せました。彼は、仮面などしていませんでした。彼は鎧をみに付けているのではありませんでした。それは、彼の肉体そのものだったのです。その顔は、醜く険しい魔物の彫像のようでした。ただ、その鎧われた顔の奥の瞳が、穏やかに私を見ていました。いえ、その目はまったく動かず、全てを映し、なおかつ何者をも見ていないようでした。私は、その動かない彼の表情から、彼の犯した過ち、それが何であろうと、その過ちの深さを感じました。彼は、私はもう、時間も意味の無いほどの間探し続けている。未だにどこにあるのか定かではないが、決して諦めない、そういいました。
 いつのまにか吹雪はやみ、朝が来ていました。彼は呆然としている私に、気を付けて旅を続けろ、と穏やかに告げ、外に出て行きました。私は、彼の背中に、幸運を、とだけ言いました。彼は立ち去りましたが、その背中が、微かに笑っているように見えました。

 私は学院に帰って、彼のかたった事と、彼の事を調べましたが、大した事は分かりませんでした。彼が、その探索を終えたのか、それともまだ指輪を探しているのか、私には分かりません。