ジルフィンの指輪(1)

 私がこれから語る物語は、教訓や、処世訓を残す物ではないし、まして資料的な価値を持った物でもない。なぜこの話をするのかと問われると、返答に窮するのだが、私が人にこの話を聞かせたい、という内なる欲求以外に理由は見あたらない。
 私は、とかく感傷的な人間だし、自分の事を語るとなると、隠してしまいたい事は語らない、とよく師匠に言われる。本当は、もっときれいな事、誇らしい事だけ話したいのだが、この話に限っては、なるべく実際に在った事だけ話すつもりだ。中には、今考えると赤面しそうな部分もあるが、私の赤裸々な姿だと思ってほしい。
 ともかくこれは、私、マルク=レヴィス=グラムソーティスが学院の導師補だった時の事だ。正確には、四年前、私が二十一を迎えた年の冬の事だ。
 
 当時のソーリア王国は、混乱の極みにあった。ソリス=アルカペスの北辺の領主達が、王家の遠縁の者を奉じて反乱を起こしたのは、それに先立つ二年前の事だが、その後も国内は治まらず、この年の秋には王都で恐るべき事件が起こった。都に潜んでいたペランタン大公国(北辺の領主は、この名を号していた)の手の者数百名が、大挙して王宮になだれ込んだのだ。この時、私の友人達の勇気に因って、王都の占拠は免れたが、ラタス伯レイモンドを除く王族(彼は王の庶子で、)正確には王族ではないが)は、凶刃の下に倒れた。いや、これは正確ではない。私はその時、王の末娘、イリリア姫の供として、東辺の都市パロイコイに居たからだ。彼女は、王の娘として育てられたが、事実は先のラタス伯の庶子で、王の孫に当たる。彼女は、ヴェローナ神の神官をして、女神にも並び得ると言わしめたほどの美貌の持ち主で、私だけでなく、全ての臣民の敬愛の的だった。私は、彼女の友人として、学院の徒弟の中から選ばれるという栄誉に浴していた。(これも、数年前の、彼女の我が侭による事件に起因していたのだが。)ともかく私は、この、王さえも、いや、王だからこそ我が侭を許す、二十歳の王女の供をして、パロイコイ伯爵の下に滞在していたのだった。

 王宮が襲われ、王とその一族が落命したという悲報は、すぐに彼女の下にもたらされた。私は、その時の彼女の気丈な表情を、そして、その夜、声を圧し殺して哭いていた彼女の涙を覚えている。彼女は悲嘆の極みにあったが、彼女が現在王位の第一継承者である以上、ふさぎ込むという贅沢は許されなかった。次の日、我々一行は、取り急ぎ都への帰途についた。
 私を含めた供の皆が、この悲劇は、王都の占拠を狙った事件だと考えていたが、それが覆されたのは、我々が、東辺とソリス=アルカペスの間に横たわる大グラム山脈に差し掛かったときの事だった。我々が、山脈にはいる街道を選び、うっすらと雪の積もった中で野営の準備をしているとき、彼らは襲ってきたのだった。
 我々供の者の多くは、騎士団に入れるほどの手錬の者であり、事実、奇襲にもよらず善戦したが、圧倒的多数の敵に最終的には敗れた。敵は、十分に予想できた事だったが、黒き神に使える神官と、その私兵達だった。私は、師トリスから授かった魔術で彼らに対抗したが、運命を覆す事は叶わなかった。しかし、その運命のいたずらか、私とイリリア姫は、彼らが血で購なった幸運のおかげで、辛くも逃れる事が出来た。だが、彼らの目論見が分かった以上、この逃走も無意味に終わるかもしれなかった。彼らは、王族の暗殺を狙っていたのだ。私には、彼らがこのまま諦めるとは考えられなかった。既に冬になりつつある山脈の険しい尾根を、彼女をかばいつつあてどもなく馬を駆る私は、この逃避行の行く末を危ぶまずにはいられなかった。