ジルフィンの指輪(6)

 私が目を覚ますと、そこは先のホールだった。辺りの様子はあまり変わらなかったが、明かりだけは消えていた。私たちはしばらくそこで寝ていたようだった。私は、傍らのイリリアを揺り起こした。彼女はゆっくりと目を開けた。
 私たちは、暫く、その場所で身を寄せあっていた。不思議と、疲労も空腹感もなく、隣に彼女がいる事で、私は満ち足りていた。
「ねえ。」
彼女は私の手を握って、言った。
「諦めなくてよかったね。」
「ああ。」
この時、私は、彼女との間の壁が、立場という、私が意識的に作っていた壁が、無くなったように感じた。

 私たちが、腰を上げねばならないときが来た。ここでずっとこうしていたい、というのは、無理な贅沢だった。
 このホールを出る途中、私たちは、一つの像の前で立ち止まった。それは、彼が立ち止まった場所だった。私たちはその像に見入った。その姿は、最後にみた彼の真の姿によくにていた。私たちは、無言で微笑んだ。

 外に出ていくと、既に夜だった。私たちの前には、昇りつつある、剣のように細い月があった。雪が軽く覆った世界は、神秘的で美しかった。これから、都に戻らねばならない。そして都では、困難が待ち受けているだろう。しかし、私の心は軽かった。私の側には彼女がいる。それは変わらないだろう。

 その後、私たちと、世界がどうなって行ったかは、この際蛇足だろう。都では、友人達が、未解決の問題を山ほど抱えていた。何より問題は王位だったが、イリリアが、継承した王位を、その父レイモンドに譲るという離れ技で決着がついた。(後で聞いた話だが、友人の傭兵などは、継承者に困ったら私にやらせる心積もりだったらしい。空恐ろしい話だが。)
 私は、引退すると言ってどこかへ旅に出てしまった師匠の後を継いで、柄にもなく学院の導師になった。(これも、師匠のいらぬ御節介だった事が判明した。)
 私の住む王国は、かつて程では無いものの、繁栄の兆しは見え始めている。世はなべて事も無し、という訳にも行かないが、暇なよりは、私は楽しい。
 私と彼女は、未だに進展がない。導師の仕事を一人前にこなせるようになったら、彼女に結婚を申し込むつもりだが、友人の魔女には、彼女をしわくちゃにするつもりかといわれた。
 ジルフィンの指輪の行方は、誰も知らない。

                          < 終 >