思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから(全)


『カルピスをウーロン茶で割ったような味の恋をしました。』
ラジオから流れたフレーズに、オレははっとして机から頭を上げた。
『高校に入学した時から、先輩のことが好きでした。告白して振られたけど、それでもまだ忘れられませんでした。
でも、このままじゃいけないと思うから、先輩のこと頑張って忘れることにします。
先輩、僕を夢中にさせてくれてありがとうございました。
カルピスみたいに甘酸っぱくて、ウーロン茶みたいにほんのり苦い恋の味でした。
さようなら。』
なんだこれ。これ、まるっきりオレの事じゃないか。
「うーん、分かるなぁ。好きになって告って振られて、それでも諦められなくて。俺にも経験あるなぁ。うん、一回区切りを付けて明日から新しい気持ちで新しい出会いにぶつかっていくって大事なことだよな。頑張ってくれ。ってわけで、厩橋市の橘太郎君からのメールでした。」
ラジオのパーソナリティ・ダイジーンは、ダンディな声でそうオレの名前を読み上げた。
う……
「うぉぉおぉぉぉぉ!!!なんじゃこれーーー!!」




『思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから』




雄叫びを上げて立ち上がったオレの耳に、ケータイの着メロが響く。曲はオレ様お気に入りの大岡越前のテーマである。たーらー、たらららららーららー♪
「誰じゃー!」
「はーい、たろちゃん。どうしたのー、大きな声出してぇ。」
「お、おう。トシか。」
電話越しに響く明るい声にちょっとびびる。トシこと木倉俊絵(コノクラトシエ)は、オレが生まれてこの方16年間腐れ縁で結ばれてきた幼馴染みである。
「ラジオ聞いたよー!そっかー!芙美花先輩のことついに吹っ切れたか!いやー、良かった良かった。あんまりウジウジしてたから一次はどーなるもんかと思ってさぁ!でも、これでもう安心だね!ま、他にもいい子や可愛い子一杯いるから、気を取り直してね!」
「ちょ!おま!」
「じゃ、そんだけー!また明日ね!おやすみー!」
トシはいつも以上に威勢のいい調子で一気にまくし立てると、言いたいことだけ言って電話を切った。
「……いったいなんなんだよ」
と、ぼやく暇もなく次の着信音。またトシか。
「もしもし!今度はなんの用だ!」
「あら、いきなりご挨拶ですわね。」
電話から聞こえて来るすこしイヤミなくらいの上品な声は、オレのもう一人の腐れ縁相手、五月葉子(サツキヨウコ)のものだった。
「あー、悪い、ヨーコか。」
「ええ。ラジオであなたの名前を聞いたものですから。」
「その話なんだが、いま……」
「ああ、わたくしの話でしたら簡単なことですわ。ようやくあの方を思いきることが出来たようでお祝い申し上げます。あなたもこれに懲りたら、もうすこし女性を見る目を磨いて身近なところにいる、その、素晴らしい女性にも目を向けるべきだと思いますわ。そうは申しましてもまだ心が癒えるには時間も掛かりましょうから、外出や食事などで気分転換をした方がいいかもしれませんわね。そういう時はわたくしが付き合って差し上げてもよろしくてよ。」
「お、おう?」
「それだけですわ。ではまた明日学校でお会いしましょう。失礼いたします。」
ヨーコは、口調こそいつもと変わらないがなにやら浮き立つような口調で、立て板に水のごとくすらすらと口上を述べると電話を切った。
「……これは、要するに励まされているのか?」
と、そこへさらに三度着信音が響く。流石に三度も聞くと大岡越前もちと神経を逆撫でする。
「……もしもし?」
ヨーコだと、ぞんざいな応対をすると怒り出して始末が悪いので、なるべく落ち着いた声を出す。
「あの……タロー先輩?」
ケータイから聞こえてくる声は、一つ下の後輩・八木山晴香(ヤギヤマハルカ)の舌足らずな声だった。彼女は、やはり幼稚園時代からの親友・八木山山羊男の妹である。一人っ子のオレにとって、彼女は本当の妹みたいなもんだと思っている。
「どーした、ハルカちゃん。こんな時間に電話なんて珍しい。」
「タロー先輩、わたしラジオ聞きました。」
「あ、うん。それなんだけどさ」
「タロー先輩、ずっと芙美花さんのこと引きずってたから、わたし心配してたんですけど、やっと吹っ切れたんだなぁって。良かったですね先輩。わたし、先輩が暗い顔してるのイヤだから、先輩が元気になれることなら何でもお手伝いしますから、言ってくださいね。その、それだけ言いたかったんです。遅い時間にごめんなさい。じゃあ、またあした。」
「あ、えーとありがとう。」
「お休みなさいタロー先輩。」
三本目の電話が切れると、漸く電話は静かになった。
残ったのはオレの中の疑惑だけ。
「いったい誰がこんな真似を。」


要するにそういうことだ。
今年の正月、オレは入学以来あこがれていた図書委員の先輩、九里芙美花(クノサトフミカ)さんに告白した。まぁ、高嶺の花だってことは分かっていた。2年生(当時)の中でも五指に入るくらいの美人である。ほっそりとした体つきだがいつも活動的で、色白で端正な顔にはいつも笑顔。パッと見の文学少女的な繊細さと、明朗快活なその動きのギャップが多くの生徒を惹きつけていた。去年の二学期からは図書委員長をしていたから人前に立つ機会もそれなりにあったので、全校に知られた美女の一人だった。
オレは、図書委員を押しつけられて初めて集まったその席で、八百万のうち誰かは知らないがこの出会いを用意してくれた神に感謝したものだ。いわゆる一目惚れというヤツである。それ以来、熱心に委員会活動をこなし、少しでも芙美花先輩の役に立とうとした、というより必死に点数を稼ごうとした。そして、クリスマス・イブの段階で付き合っている相手がいないことを確認してからおもむろに告白した。
だが、芙美花先輩曰く
「君のことは嫌いではないけれど、いま好きな人がいるから。」
とのこと。もちろん食い下がったが、
「あはは、ごめんねー。でも嬉しかったよ。ありがとう。」
と明るく笑って断られてしまった。その笑顔はいつも通りキレイだったけど、どこか辛そうだったので、オレは、それ以上踏み込むことが出来なかった。
その翌日、オレは生まれて初めてやけ酒の味を覚えた。
悪友のクオンとヤギオに飲まされるまま出される飲み物を片っ端から飲み、仕舞いには適当にあるものをごちゃ混ぜにして飲んだ。
『カルピスをウーロン茶で割ったような味』
オレにとってそれは、確かに初恋の味だった。その時は。
最後には酒の味も意識も記憶も悲しみも、全てが混濁したまま記憶を失い、翌日は自室でひどい二日酔いに襲われた。確か、たまたま集まってたトシエやヨーコたちに介抱されたんだっけか。あいつ等の叱る声が凄まじく頭に響いたっけ。


さて、件のフレーズを知っている人間は、要するにあの時オレと一緒に飲んだ連中だけである。となればあいつか、あいつだな。あいつ以外にこんなたちの悪い悪戯をするものがいるだろうか、いやない(反語)。
オレは、携帯の画面も見ずに番号を呼び出して、悪友筆頭のクオンこと久遠寺肇に電話をかけた。
「おう、たろーか。なんだ?」
とぼけた暢気な声に、一気にオレのボルテージが上昇する。
「ごるぁぁぁぁっ!!おまえかー!!!おまえだなー!!!」
「ちゃうわボケー!!!」
「んなわけあるかー!!お前がやったんだろう!!」
「オレは無実だ!」
とりあえず怒鳴ってみたが、返ってくる声に疚しさはないようだ。大体、クオンは嘘のつけないやつだから、心当たりがあればなにかしらいつもと違う反応が返ってくる。
おかしいな。絶対コイツだと思ったんだが。
「……なんだ、そうかい。じゃな。」
納得いかないながらも電話を切る。うーむ、ヤツではなかったか。ではあいつか。
もう一人の心当たりに電話をかけようとしたところで、携帯がまたメロディーを奏で始めた。
「って何の用だコラ!!」
いきなりクオンの怒声。まったく、短気なヤツだ。
「ああ、さっきのラジオ、メール出したのお前かと思って。」
「ああ、さっきの『カルピス味のウーロン茶』ってやつな。あれ、お前が出したんじゃないの?」
ちなみに、あのラジオはオレ達やオレの学校の人間はあらかた聞いている。地元のFM局の人気番組なのだ。
だからこそ、犯人を突き止めねばならんのだが。このままではオレに変な噂が立ちこめてしまうことになる。
「オレじゃねえよ。大体、何でオレが自分の恥をわざわざさらけ出さねばならんのだ。」
「んー、先輩とのことを吹っ切るため、とかだと思ったんだが。」
「……ちげーよ。」
まだ、吹っ切れてなんかいないっての。
「でもよ。お前じゃなかったら誰がんな事すんだよ。」
「いや、先輩とのこと言ったのって、お前かヤギオだけだし。」
「んならヤギオに聞いてみろよ。」
「ああ。クオンと違って、あいつはまじめだからそんなことしねーと思うんだが。」
「あんだと、オレがま……」
また機嫌の悪い声を出したクオンの口を封じるため、オレは未練もなく通話を切った。
続けてピッピッとヤギオの番号を呼び出す。
「はい、八木山だけど。」
ちょっとゆるいが、落ち着いた声が返ってくる。騒がしくてせわしないクオンとは逆にヤギオはまったりとしたヤツなのだ。
「よう、ヤギオ。ちょっと聞きたいことが……」
「タロー、九里先輩のこと吹っ切れたんだな」
「は!?」
テンポはマッタリとはしているが、相変わらず前置きのない唐突な切り出し方で話を出すヤギオ。
「今ラジオで……」
「ちげーよ!つーかあれ出したのオレじゃねえ!」
「そうなのか?」
慌てて反駁したオレの叫びにも全く揺らぐことなく、ヤギオは淡々と言葉を返す。
「だけど、タロー以外に誰があんなメールをわざわざ番組に送りつけるんだ。」
「……いや、その。クオンでもないから、ひょっとしてお前かなー、とか。」
もっともだなぁと思うから、オレの言葉にも力が入らない。
「僕の訳がないだろう。第一目的がない。」
「えーと、オレをからかう、とかさ。」
「わざわざそんなことをしなくても、タローはいつもツッコミどころ満載だろう。」
「……ですよねー。」
くそう、言いたい放題いいやがって。とはいえ、いつも沈着冷静で鋭いツッコミを入れてくるヤギオに対して、オレはといえば日頃騒動の種ばかり引き起こしている。否定のしようもないわけだが。
「それで。他に用がないなら切るけど。」
「ああ、悪かった。しっかし誰がこんな真似を……」
「タローでも僕でもクオンでもない。他に知っているのは誰だい?」
ヤギオは、いつものあっさり口調で訊いた。
「うーん」
残りは先輩本人だけ、だよなぁ。


「タロー!失恋おめっとー!」
「たろちゃんかわいそー!」
「うっせー!とっとと失せろ!」
翌日は、朝から事情を聞きに来る野次馬や、オレをからかおうとするクラスメイトどもを追い払うのに一日が費やされた。
余計なパワーを使わされてぐったりとしていたが、やはり確認しないわけにはいかない。オレは図書準備室に顔を出し、そこで先輩を見つけた。幸い、いつもと変わらず先輩が一番乗りで、他の委員の姿はない。
「九里先輩。お聞きしたいことが。」
「あら、太郎君。久しぶりね。」
九里芙美花先輩は、相変わらずほっそりとしてゆったりとしてそれでいて明朗快活であった。春のうららかな日射しの中でふわりと微笑むその姿に、オレも曖昧に笑い返す。相変わらず生き生きとした楽しげな笑顔。その白い顔がちくりとオレの心を刺激する。
サーセン、最近サボってました。」
「ごめんねー。あの時のせいだよね。」
あはは、と笑う表情に影が差す。
「まーそーなんですけど。でも、先輩が気にすることじゃないッス。好きな人がいるんじゃしょうがないじゃないですか。」
「あー、うん。そうだね。」
「でも、オレもちょっと意気地無かったかなって。先輩に好きな人がいるからって、急に委員会サボるとかやっぱ良くなかったですよね。もっと押して、先輩の方からオレに惚れてくれるようになるまで頑張るべきだったんですよ。」
臭い言葉に自分で照れて頭を掻く。
「だから、先輩は気にしちゃダメッスよ。」
「ふふ、ありがとう。吹っ切れたって本当だったんだね。」
そのセリフに、ここへ来た理由を思い出した。「その件ですが、」と切り出そうとして言葉を止めた。今の口ぶりだと、どうやらラジオで聞いて驚いた、という感じだ。先輩は、やっぱりアレを投稿した人ではない、ということか。
「えー、えーとですね。」
「いいの。断ったの私の方だしね。太郎君がいつまでも私のこと思っててくれるわけ無いし。」
伏し目がちになりながら、そういう先輩。こんな時でも、口元からは微笑が消えない。
「でも、あんなに思われてるなんて思わなかった。ちょっと感動しちゃった。ありがとう。」
逆行でよく見えないけれど、先輩の目元は少し潤んでいるようにも見えた。
「オレも、その、ありがとうございます。」
マジマジ見ては悪いかな、そんな風に感じて視線を逸らす。
「きっと、先輩のこと好きにならなかったら、オレ、いろんなものに向き合えなかったと思いますし。」
「じゃ、お互いありがとう、だね。」
「そ、そうッスね。」
互いに笑いながら、一件落着した気になった。
って、ちっとも落着してねえよ。
「イヤ!それでですね先輩。」
慌てて口を開く。犯人捜しは置いておくとして、昨日のラジオの内容はきちんと否定しておかなくては。だけど、なんかいい話になっちゃったせいで否定しづらいぜ。
「どうしたの?」
「えー、えーとですね。」
唾を飲み込む。拳をグッと握る。八百万神よ、もう一度告白する勇気を我に!
「先輩!オレ、いまでも先輩のこと……」
その瞬間。図書館の入り口がガラリと開いて飛び込んでくる3人の人影。
「待って!」
「待ちなさい!」
「待って下さい!」
呆気にとられるオレの前に、三人の女の子が立っていた。
「あのラジオの投稿は、私たちが仕組んだの!」
そう叫んだのは、我がお隣さんの木倉俊絵その人であった。
「わたくしたち、太郎さんのことをすきなのです!」
続けて吼えたのは、我がクラスメイトの五月葉子であった。
「太郎さんをとられないようにあんなメールを出したんです!」
声を振り絞ったのは、我が親友の妹八木山晴香であった。
「………………………………。」
OK、Be Coolだオレ。落ち着け。
「なんだって?」
「今言った通りよ!たろちゃんは渡さないもん!」
「あら!太郎さんはわたくしものもですわ!」
「いーえ!タロー先輩は私のおにーちゃんです!」
そっから先はまさにカオスの一言。
「でもおまえら、オレのこと応援してくれたじゃないか。」
「たろちゃんが芙美花先輩に相手にされるわけ無いもの!」
「ですわね。」
「そーですよ。」
「ちょ……おまえらヒドス。」
「だから、先輩にこっぴどく振られたら、たろちゃんの目も覚める!そしたらあたしが傷心のたろちゃんを優しく慰めて……」
「あら!いつも太郎さんを叩いたり手ひどく窘めてるのはどなたかしら。」
「そ、それはそれ!これはこれよ!それに葉子こそどーなのよ!実はたろちゃんのこと好きなくせに、バカにして挑発してばっかりじゃない!そんなんじゃいつまで経っても恋人同士になんかなれないわねぇー?」
「なーんですって!一生幼馴染み確定のあなたには言われたくありませんわ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて下さい。先輩はお二人に10年以上も付きまとわれて迷惑してたんですよ、だからあんな高嶺の花で対岸の火事な人に目が行ってしまうんです。ここは、私がちゃんとタロー先輩のお側にいて心の痛手を癒してあげますからご心配なく。」
「はぁ?何いってくれてんのこの子?」
「そうですわ。出会って半年の小娘が頭が高いにも程がありますわ。」
「愛に時間など関係ありませんっ」
……なにこの展開( ・ω・)
「え、えーと。その、芙美花先輩?」
「ごめんねー。私こういうややこしいの苦手なのー。巻き込まれたくないから、もう帰るねー。」
「うわっ、なんて変わり身のはやさっ!ていうか置いてかないでplz!」
「ちょっとたろちゃん!そんな女のことはもう放っておきなさい!」
「そうですわ!太郎さんは私だけを見ていればよろしいんですのよ!」
「やだなあ。タロー先輩はこれから私が面倒見ますから、お二人はさがってて下さい。」
「なに?やろうっての?」
「そうよ、生意気ですわ!」
「やだこわーい。タロー先輩助けてー。」
女三人姦しくというか、獲物の前で威嚇し合う肉食獣のように互いを牽制する三人の少女たち。それはさながら、落ち目の平氏を前にした木曾義仲源頼朝源義経。そんな中、ボクはまさに風の前の塵に同じな風情なのでありました。
「ぼ、ボスケテ。」


<END>