タイトル未定(GS美神二次創作)(1)

「……法務省長官は正式にこの申請を受理したとのことで、それを受けて各界の交流は新たな段階に進むものと期待されています。
次のニュースです。国連の認可シンクタンク、財団法人超常オカルト現象総合研究所の理事であり日本支部長の横島忠夫氏(22)が、先日極秘入籍していたことが明らかになりました。近年成長と再編の著しいGS業界の超有名人の極秘入籍というニュースにに、業界のみならず報道各機関からも取材申し込みが殺到しており、オカルト総研およびGS協会は近く共同で記者会見を行うと発表しております。横島忠夫氏は現在、世界的な超常オカルト現象研究の第一人者として活躍するほか、人類と異種族との宥和に向けて精力的な活動を行っており、また非常に若く成功した起業家として知られるようになってきたいます。横島氏のお相手は……」



タイトル未定です。



それは、ごく平穏なちょっと気だるい午後のこと。11月のとある日である。
美神除霊事務所にはいつものごとく、いつものメンバーが揃っていた。
ソファにはファッション雑誌をめくる妖狐・タマモ。その近くの床に教科書やら参考書やらノートやらお店を広げてうんうんとうなり声を挙げているのは人狼・犬塚シロ。
この二人は先日めでたく六道女学園中等部に編入しており、シロが格闘中なのは学校の先生から頂戴した補習代わりの課題である。要領よく課題はとっくに済ませたタマモは、時々煮詰まったシロにヒントを出してやったりしている。
キッチンからは鼻歌が聞こえる。先ほど学校から帰宅してきた氷室キヌが、遅めのアフタヌーンティーを煎れている。ティーポットに湯を注いで温める姿が薄いブルーのワンピース姿なのは、帰宅してすぐに制服から着替えたのだろう。
所長の美神令子は、これまたご機嫌で帳簿の計算に勤しんでいる。多くの企業が決算期を迎える年末にかけては、不動産や証券の整理も絡んでかき入れ時なのだ。官公庁の予算執行による駆け込み需要もこれから増える。帳簿の数字も令子の機嫌も鰻登りらしい。
『所長、横島さんが見えました。』
渋鯖人工幽霊一号の声がすると、まもなくドアが開いた。
「ちわーっス。」
事務所の最後のメンバーにして、唯一の男性である青年、横島忠夫が出勤してきた。
「こんにちわでござる、師匠!」
床から顔を上げて元気よく挨拶するシロ。学校に通うようになってから、先生と呼ぶと紛らわしいので、師匠と呼ぶようになった。呼ばれる側の横島は恥ずかしいからやめてくれと頼んだが、頑強な抵抗にあってなし崩しのままこの呼び名が定着してしまった。
「あら、早いのね。」
手元の雑誌からちらりと目を上げてクールに答えるタマモ。特別横島に冷たいわけではなく、誰に対しても同じような態度をとっている。とはいえ、ちょっと席をずらして今まで一人で占領していたソファを開けてやる辺り、慣れ親しんだ気安さも感じているのだろう。
「こんにちは、横島さん。」
キッチンから5人分の紅茶をトレイに乗せておキヌが顔を出す。カップはそれぞれお気に入りのものを用意していた辺り、横島が来るのを見越していたのだろう。
「いらっしゃい、横島クン。ご両親はお元気だったかしら?」
いつになく機嫌のいい令子は、にこやかに横島を出迎えた。このところ、仕事もうまくいってそれに伴い収入も伸びているせいか、笑顔の出現頻度も高い。
「ええ、相変わらず殺しても死にそうにない両親でして。今日もこれから銀座に買い物に行くとか言って、お袋が親父を引きずっていきましたよ。」
横島の両親は、ちょうど一昨日ナルニアから帰国していた。仕事の報告をかねて息子の顔を見によったのであるが、相変わらず(いろんな意味で)熱い夫婦ぶりであるらしい。
「あんたのところも、濃い親だからねぇ。」
と苦笑する令子。いろいろ思い出したに違いない。
「ところであんた、今日は仕事じゃなかったでしょ。明日まで休みって言ってたから、あんた用の除霊も取ってないし、ひのめも来ないわよ。」
令子の言葉が意味するところはただ一つ。除霊の仕事もなければ子守のアルバイトもない=給料払わない、ということである。
「いや、実は相談があって来たんですよ。」
ソファのタマモの横に腰掛け、おキヌの煎れてくれた紅茶をすする。ちなみに横島のカップは、白地に『武士道』と筆書されたマグカップである。修学旅行でシロがおみやげに買ってきてくれたもので、それまで愛用していた『寿司屋の湯飲み(魚扁の漢字がいっぱい)』と無理矢理交換させられたのだ。
「相談?……ああ、来年卒業したらどうするかって話ね。ご両親と話し合って決めたの?」
それまでなんとなくほんわかとしていた事務所の雰囲気が、一気に緊張感を増す。
事務所の3人娘は、今年の4月に交わされた令子と横島の会話を思い出す。それは、横島が奇跡的に3年生への進級を果たしたあとのことだ。

      • -

「あの〜美神さん、オレ、来年卒業したら正社員にしてもらえませんか?」
「ん〜。あたしは別にそれでもいいけど、横島クン、あんたそれでいいわけ?」
「へ?それどういう意味です?」
「正社員にして最低限の賃金や社会保険とか払ってやる分には、あたしも構わないけど。あんたも最近使えるようになってきたしね。でも、それって、この先一生丁稚奉公ってことよ?ま、あんたが良いんなら良いけどさ。」
「え〜、あ〜。ちなみに、他にどんな手があるんでしょーか。」
「GSやめて大学行ったって良いし、ピートじゃないけどGメンって選択肢もあるわよ。なんなら独立するって手もあるのよ。ま、今のあんたじゃ無理でしょうけど。」
「……その〜、オレ、出てちゃっても良いんスカ?」
「あたしが良いかどうかじゃなくて、あんたがどうしたいかつってんの!!あんたの人生でしょうが!!自分で考えなさいっ!!考える気無いんだったら、一生時給255円で扱き使ってやってもいいのよっ!!」
「ひ〜〜っ!か、考えさせていただきますっっ!!」

      • -

結局、いったん引き下がった横島は、その後唐巣神父やら美神美智恵やらに相談しに行ったようだが、それ以来その話は出していない。
「ええ。一応、お袋と親父に相談してみました。……それでですね。」
横島がそこで言葉を切ると、シンとした緊張が訪れる。
シロ、タマモ、おキヌは、息を呑んで横島を見つめた。
令子も余裕のある笑顔で答えを待っているように見えてその実、膝の上で握った拳が震え、右足のヒールのつま先が貧乏揺すり寸前に上下していた。幸い、机の陰に隠れて見えないが。
横島も、周囲の異様な雰囲気に呑まれ始めたのか、ぐびりとつばを飲み込む。
「お……」
「「「お?」」」
高まった緊張感に堪えきれずに口を開くと、目の前の3人の視線がさらに集まる。
シロの期待に満ちた目。タマモの早くしろと急かす目。おキヌのなんだか潤んだ目。そして、令子の余裕ありそうな表情のなかで『ああん?アホなこと抜かしたら末代まで祟っちゃるぞ、コラ?』と洒落にならないことを語りかけてくる目。
頭が真っ白になったまま追いつめられた横島忠夫(18)は、本能の赴くまま一発ギャグでその場を流すことに決めた。
「み、美神さん!オレと結婚して下さいっっ!!!!!」
………。
「「「えええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」」」
「よ、横島あんた正気!?」
「は、早まっちゃだめです横島さん!」
「せ、先生!!拙者の気持ちを裏切ったんでござるかっ!!」
あんまりといえばあんまりな反応だが、当の横島は既に覚悟完了していたりする。
『ふ。また今日もしばかれるのか。来るなら来い!』
「ああっ!堪忍や!緊張感に耐えられんかったん……」
そこに美神の言葉が割り込む。
「ん〜、いいわよ。」
……。
「「「「………はぁっ?」」」」
「み、美神までどうかしたんじゃないの!?」
「ふぇぇぇ〜〜〜〜〜ん!美神さんが壊れた〜〜〜〜〜〜〜!!」
「き、きっとアレでござる!最近お金を稼ぎすぎて脳がふやけたんでござるっ!!」
「美神さんっ!やっと素直になってくれたんですねっ!ああっ!もうこれは二人だけの愛の城で夜明けまでランデブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「やかましいっっっ!!!!!!!」
とりあえず飛びかかってきた横島を人痛恨もとい神通棍で撃墜したあと5〜6発しばき、3人娘をギンッと睨み倒すと、にわかに静寂が訪れた。いや、横島の額から吹き上がる鮮血がぴゅーっと軽妙な音を立てていたが。
「とにかく落ち着いて座ってちょうだい。ほら横島クン、あんたも。」
「うへぇーい。」
いつの間にか血泉も止まった横島がソファに座ると、自分はどっかと所長席に腰を下ろす。
「とにかく、あんたが半年かけて出した答えがそれなら、あたしは構わないわよ。」
「で、でも美神さん!結婚だなんてっ!!」
「ただしっ!」
おキヌが抗議の声を挙げると、令子は右手を挙げて遮った。
「こっちも条件を付けさせてもらうわよ。」
「へ?」
キツネにつままれたような顔の横島。実際、あんまり惚けた顔なのでタマモが頬をつまんでいるのはご愛敬。
「第一に。GSとしてちゃんと教育を受けてもらうわ。」
「あのー、横島さん、もう資格持ってますよ?」
「おキヌちゃん。六道の霊能科でいろいろ習ったからわかると思うけど、ただ悪霊を払えるだけじゃ一人前のGSとは言えないわよね。」
「え、ええ。制度のこととか、オカルトの知識のこととかですよね?」
「そう。横島クンは霊能の、それも霊的格闘や除霊に関してはあたしより有能な面もあるのは認めるけど、オカルトの体系立てた知識とか、法律上の立場とか必要な申請だとか、全般的にGSに必要とされる業務知識がまるでなってないわ。それに、霊能も場当たりで覚えたその場しのぎのものばっかりだもの。基礎から勉強し直さないと、一人前のGSとしてやっていくのは不安だわ。」
「なるほど〜。めんどくさいんでござるな。」
「あんたたちも、この道で一生食べていくつもりなら今から勉強しておきなさい。」
「(……なんだか美神がまともなこと言ってるわ。)」
タマモの感想は、この際聞かれずに済んで良かったと言うべきだろう。
「第二に。基礎的な勉強と修行が終わったら、海外に留学してもらいます。」
「えっと、それはどうしてですか?国内でも一流GSは一杯居ますし、勉強ならわざわざ海外に行かなくても……。」
「確かに、そうなんだけどね。職業としてのGSは日本が一番法整備も進んでいるし、レベル自体も低くはないわ。でもね、オカルト自体の歴史から言ったら、ヨーロッパや中東、インド、中国といった海外の方がレベルが高いのも確かなのよ。カオスや魔鈴みたいにヨーロッパ仕込みの魔術の使い手も多いし、唐巣先生にしてももとはバチカンで修行してきた人よ。エミの黒魔術もヨーロッパの魔術をベースにアフリカやブードゥーの呪術をミックスしてるしね。日本古来の術って言うと冥子の式神陰陽道の流れをくんでいるけど、あれだって元をたどれば中国の仙術や道術にルーツがあるのよ。」
「そうね。わたしの術も、元はといえば仙術のアレンジだもの。」
と、タマモ。前世の記憶をすべて掘り起こせるわけでもないが、自分の遙かな前世が妲妃、華陽婦人、あるいは褒女似であったとされていることは知っている。
「日本国内だけだと、どうしても知り合いは似通っちゃうし、イザって時頼れる相手も少なくなっちゃうからね。コネ作りだと思って行ってもらうわよ。」
「ぐろーばりずむ、というやつでござるか。」
シロが本当に意味を理解していっているのかは不明である。
「第三に。横島クンには独立してもらいます。その上で、5年以内にうちの事務所の去年の年商を超える売り上げを上げれば合格よ。」
「「「え〜〜〜!!」」」
「美神、その売り上げって幾らだったの?」
「去年はいろいろあったから少なかったのよ。だいたい22億4千万ってところね。」
「「「「………。なーんだ。」」」」
ほっとした様子のおキヌ。
つまらないといった具合に肩をすくめるタマモ。
笑顔が戻るシロ。
そして、ため息とともに肩を落とす横島。
「あら?ナニよその反応は。」
「いや、だって。美神さんならともかく、オレには22億なんてとうてい無理っすよ。」
「そうでござるよ。師匠をからかうなんて美神殿も人が悪いでござるよ。師匠は毎日カップ麺にも事欠くのに雪之丞殿やタマモにせびられるようなお人好しでござるよ?そんな大金稼ぐような守銭奴には到底なりきれんお人でござるよ。」
「「…………。」」
横島の悲しげで恨めしげな視線。
令子の刺すような視線。
「シロ。今のはどういう意味かしら?ちょっとこっちへいらっしゃい。言いたいことが有るんならゆーっくり聞いてあげるわよ?」
「い、いやいや、なんでもないでござる。今のは空耳でござるよっ。」
横島の足下に隠れて、怯えた眼差しのシロに、令子は深くため息一つ。
「まったく。あんたの食費出してるのはあたしなんですからね。口には気をつけなさい。」
「りょ、了解でござる。」
「ところで横島クン。さっきの話あたしは本気だからね。」
「え!?」
「あんたのことは……き、嫌いじゃないし、あんたが本気なら、け、結婚したって良いわ。でもね。わたしは自分より頼りない男じゃイヤだし、自分より稼げない男なんて認めないわ。あんただって、自分より金持ちで仕事のできる女にヒモみたいにぶら下がるなんていやでしょ?」
「え!?そ、そりゃそうですけどっ!でもっ!」
そこで、嫣然とした笑みを浮かべて令子は横島に歩み寄った。白い手を横島の首元にかけ、頬に口元を寄せる。
「わたし、横島クンには頼れる男になってホ・シ・イ・ナ」
「がっががががっ!がんばりまッス!!!!」
「そ、よかった。じゃ、ご両親に報告してらっしゃい。来年からはしばらくうちの正社員にしてあげるから。」
「はっ!はいッス!!!」
転げるように飛び出ていく横島。その後を追うように、鼻血の赤いしずくが……と伝っていった。


「美神さんっ!」
「美神殿っ!」
荒げた声を挙げるおキヌとシロ。タマモは声こそ挙げないが、批判的な視線を向けている。
「なに?」
「あんなやり方ひどいです!あれじゃまるで……」
「色キチガイみたいでござる!!」
「……バカ犬。色仕掛けって言いたかったのね?」
「……そ、そうとも言うでござる。」
令子は、所長席にどっかりと腰を下ろすと胸を張って3人を見た。
「否定はしないわよ。だいたい、いまだにあんな手に引っかかる横島クンが甘いのよ。」
「ひどいです。横島さんをこの事務所に置いておくためだっていっても、結婚するだなんてあんな嘘、いくら美神さんでもひどすぎます!!」
本気で腹を立てた様子のおキヌに、令子は眉を傾げた。
「嘘?色仕掛けは使ったけど、嘘なんて言ってないわよ。」
「え!?……でも……!?」
「もし横島クンが、ホントにあの条件をクリアしてくれたら、まじめに結婚しても良いわ。」
「「「え〜〜〜〜!!」」」
「でもこれって、考えようによってはあなた達にもチャンスなのよ?」
「どういう事でござるか。」
「卒業するまで半年、卒業したあと少なくとも1年は、まず間違いなく横島クンはうちの事務所にいるって事。」
「確かに。」
「そ、そうなりますね。」
「そのあと、横島クンがあたしのこと諦めたりしなければ、その先もチャンスはあるかも。横島クンを奪い取るチャンスが、ね。」
「……でも、美神さん。横島さんをただ正社員にしておけばこの先幾らだって、その、……チャンスは……。」
「だめよ、おキヌちゃん。」
「え?」
「もう横島クンは一度取られちゃってるのよ、ルシオラにね。」
「……。」
「この先、横島クンがGSを続けるかどうかも、誰に取られるかもわからないのよ。だからね、わたしはもう後悔したくないの。横島クンがわたし以外の誰かを好きになるのも、ここから離れていくのも縛るつもりはなかった。でも、たとえ冗談でも結婚してくれって言ったんだもの。そう簡単には誰かに譲ったりしないわ。」
「……わたしは……。」
「諦めるのも、参戦するのも自由よ、おキヌちゃん。あなたの気持ちもわかってるつもりだしね。」
「……わたし、負けません。」
「そうこなくっちゃ。」
「せ、拙者も負けないでござる!」
「シロ、あんたはとりあえず、高校入るまで待ちなさい。今はまだ、横島クンがロリコンで捕まっちゃうわよ。」
「うぅー。」
「……ま、がんばんなさい。それと、タマモ。」
「あたしは関係ないわよ。」
「ま、もしその気になったら言いなさい。……っと、そろそろ出かける準備しないと。今日も小口だけど仕事が入ってるんだから。さぁっ!支度してきなさい。」
「「はいっ!」」「は〜い」


3人が出て行ってから、数秒後。美神令子はがっくりと椅子に腰を下ろして、精根尽き果てた様子でぼやいた。
「あ〜〜〜〜〜〜!やっちゃった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
雑多な書類の下に隠されたメモ『対横島進路プラン』には、「大学に行く場合」「正社員になる場合」「Gメンに入る場合(レアケース)」などと書かれた対処プランは上がっていたが、「プロポーズされた場合」などというのは無かったのである。